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更新日:2018年10月18日

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西田家庭園・来迎寺庭園

西田家庭園  玉泉園及び灑雪亭露地並びに庭園

江戸時代前期
金沢市小将町8-5
指定面積  約875平方メートル

西田家庭園
県指定名勝  昭和35年5月27日指定

山畔崖地を利用した上下二段式の池泉回遊式庭園。立地条件と水の動きを巧みに生かした庭である。下段の玉泉園は、西庭・本庭・東庭の三つに分けられる。本庭は、「水」字形池泉を中心に、山畔部を滝石組または流れとして、配石し、各所に燈籠や手水鉢を配し、変化に富んだ優美な景観を構成しており、興趣に富んでいる。また、広間の前庭として、観賞式の書院庭園としての手法もとられている。西庭・東庭は、青苔が一面に敷きつめられ、飛石が打たれ、手水鉢・燈籠などが景観よく配されている。
上段の灑雪亭露地並びに庭園は、千宗室(仙叟)の指導により作庭されたと伝えられ、茶席と露地・池泉からなる。待合や茶席への飛石が打たれ、茶席の前には雲龍の陽刻をなした優雅な蹲踞が設けられている。
以上の庭園工作物のほか、園内一面に密生する青苔の美しさ、兼六園の樹林を背景に、モミ・ヒノキ・ゴヨウマツなどの巨木の繁茂する幽玄美、技術を凝らした植栽の刈込の美など、日本庭園の総合美の真髄を味わうことができる。
作庭年代は江戸前期、文禄元年(1592)の秀吉の朝鮮侵略のおり、宇喜多秀家に伴われてきた朝鮮人少年で、加賀藩二代藩主前田利長の近侍となった脇田直賢(如鉄)が着工し、四代にかけて完成した。  

 来迎寺庭園

江戸時代
鳳珠郡穴水町字大町ヨ-109甲
指定面積  338平方メートル

来迎寺庭園
県指定名勝  昭和45年11月25日指定

来迎寺は、長氏の祈祷寺とされており、庭園は、本道の右横に位置する。数百年を過ぎた大杉の築山を背景に、その斜面の地勢にそって、狭い空間を巧みに利用して造られた書院庭園。心字池を中心とした池庭で、右手に出島があり、中央に小島があって石橋が架けられている。出島は、築山になっていて、中央に須弥山石を配する九山八海の手法と思われる立石と、周囲に大小数十個の石が組まれ、県下においては珍しい手法である。現在は地続きとなっているが、以前は中島であったようである。池中の石に杉の木が生えている。名づけて「青龍杉」といい、300年の樹齢を伝えている。護岸石組も控え目で、竹・モミジ・ツバキ・ツツジなど、技巧をこらさない自然的植栽となっており、素朴で枯淡静寂な庭園となっている。
伝承によると、上総の文助という落武者が作庭したという。作庭年代については、上部の崖地を利用して、これに二、三の巨石が、枯滝式や蓬莱式に組まれていることなどから、江戸初期末と考えられるが、小島や石橋・護岸石組などの手法から、江戸末期に大幅に改造されたものと思われる。
昭和60年「石川県の文化財」より

 

お問い合わせ

所属課:教育委員会文化財課 

石川県金沢市鞍月1丁目1番地

電話番号:076-225-1841

ファクス番号:076-225-1843

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