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更新日:2023年6月30日

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その他の事業(4年度)

事業概要

令和4年度は、金沢城公園整備事業(県公園緑地課所管)に係る二ノ丸御殿確認調査、丸の内園地石垣保全に係る確認調査を行ったほか、石垣現況測量を実施した。
二ノ丸御殿については、御殿復元根拠となる情報の取得や、遺構の確実な保存を図るため、発掘調査を行った。丸の内園地石垣については、石垣保全工事に先立ち適切な遺構保存を図る上で必要な情報を取得するため、発掘調査を行った。
石垣現況測量については、東ノ丸東面石垣(1131E)および蓮池堀縁石垣(1901E)の三次元計測を実施した。また、変形が顕著な石垣について変形動態を把握するため、過年度までに取得した三次元データを用いて、差分比較を実施した。今年度は数寄屋屋敷西堀縁石垣(6500W)のH28~H30の計測データを対象とし経年変化量の把握を行った。

二ノ丸御殿確認調査

調査の概要

近世前期以降、金沢城の中枢部で、明治14年(1881)に焼失するまで存在していた二ノ丸御殿について、埋蔵文化財確認調査を実施し、遺構の位置や内容等を確認することで、復元整備の根拠となる情報を取得し、遺構の確実な保存を図る。
調査期間:令和4年5月9日~12月16日
調査面積:2,000平方メートル
現地指導:令和4年10月24・27日(金沢城調査研究専門委員会委員)
                 11月4・10・21日(金沢城二の丸御殿復元整備専門委員会委員)
現地公開:令和4年11月24日(報道)、26日(一般 参加人数:200 名)

調査の成果

  • 令和2~4年度にかけて、式台北・実検ノ間・虎ノ間・広縁(第1期整備範囲)等を対象に調査を実施した結果、大学施設等により失われたものを除き、江戸後期の御殿建物の柱を支える礎石根固めを確認した。これらは、表式台から虎ノ間・竹ノ間へと延びる広縁両側、虎ノ間の西~南側、実検ノ間及び坊主溜にかけての柱列に対応しており、御殿北東部の建物の位置が特定された。
    ※第1期整備範囲の柱数92本(二ノ丸御殿建物指図参考)のうち、礎石根固めにより柱位置を特定した箇所42、金沢大学校舎等で削平されている箇所50。
  • 表式台から広縁にかけての礎石根固めには、上面を平坦に均した1辺50~90cm前後の大型石材(戸室石)1石を据え置き、周囲を土と川原石で充填するタイプ(大型石材埋設)と、幅1.2~1.4m、深さ約1mの穴に、川原石や戸室石の割材を充填するタイプ(川原石充填)が認められた。
  • 大型石材埋設タイプは、広縁北側等の建物の外周に位置する。建物外から見えるため、規格的な切石材の礎石が置かれたと考えられる。抜取穴の状況から、礎石の大きさは1辺40cmのサイコロ状と推定される。
  • 大型石材の上面高は、式台周辺が低く、竹ノ間周辺に向かって高くなっており、礎石上面のレベルは、水平ではなく、地面の傾斜を反映して高低差があったと推定される。式台周辺48.17~48.22m、虎ノ間周辺48.43~48.49m、竹ノ間周辺48.58~48.70mを測る。
  • 川原石充填タイプは、建物の内側に位置する。礎石抜取穴底面が傾斜する事例から、下面が不定形な石材と考えられ、規格的な切石材ではない礎石が用いられていたことがうかがえる。
  • 広縁東部と、大廊下から御進物才許与力詰所にかけての2箇所で、礎石根固め列と平行する束石の抜取穴と考えられる浅い小穴列を確認した。
  • 虎ノ間南側の空地、御進物才許与力詰所南側で、「二之丸御殿建物指図」に描かれる便所(閑所)の遺構を検出した。土坑内部は砂で埋められており、明治14年(1881)火災以後に廃絶したと考えられる。
  • 後期御殿の下層から、前期御殿に伴う飾金具(釘隠)が出土した。焼損し付着物等により表面の装飾は不明であったが、X線CTスキャンによる画像分析で花菱文様を確認した。後期御殿の内外装を記録した『内装等覚』には表向(式台腰板・唐門左右塀・塀重門扉)の外装に類品の絵形が認められ、前期の意匠が後期にも受け継がれていることが判明した。

二ノ丸調査区等配置図

調査区平面垂直写真

丸の内園地石垣保全に伴う確認調査

事業概要

丸の内園地に面する数寄屋屋敷西堀縁石垣については、近年変形のスピードが急速に早くなったことから、石垣の保全工事を実施することとなった。
今年度は解体調査を実施し、石垣の構築技術に関する情報や、変形の要因、石垣の来歴に関する痕跡等についての確認・記録を行った。
調査期間:令和4年7月1日~10月31日
調査面積:200平方メートル
現地指導:令和4年9月16日(金沢城調査研究専門委員会委員)
                 10月3日、24日(金沢城石垣の保存・整備等指導会)

調査の成果

 

1~3段目の解体調査を実施(1段目75石、2段目42石、3段目78石:計195石)した。石垣の修理履歴については、裏込め層の様相の違いや背後の盛土の切り合いなどから複数の修理痕跡を確認した。

調査区の大部分は昭和53年に修理した範囲で(図中オレンジ色)、その範囲に概ね重複するように掘方bを確認した(図中茶色)。掘方bは裏込め層からの出土遺物で近代以降の修理とみられる。掘方bに関しては石積みの特定はできておらず、昭和53年の修理範囲に含み込まれている状況と考えられる。

調査区の両端において掘方c、dを確認した(図中青塗)。いずれも調査区外に広がっており、掘方cは本石垣の櫓台上部の修理(金沢城石垣編年6期、18世紀後半)と一体施工とみられる。裏込め層には、円礫の栗石のほかに戸室石片が多くみられた。掘方dについては、裏込め層から18世紀後半頃とみられる遺物が出土しており、掘方c、dの両者とも近世後期の修理が行われたものと考えている。

その他に、これらの修理以前とみられる盛土層を、背面の切土面で確認した。この盛土層については、時期を特定するような遺物などは出土していないが、現状の切りあい関係では一番古い段階にあたり、構築当初の盛土層の可能性も考えられることから、来年度からの解体調査でさらに精査を進めていきたいと考えている。

解体調査では、石垣構築時に石を置く順番と逆に外していくが、石材の形状や乗合い、介石などの差し込みといった施工状況から、解体順が適切だったかを確認しながら進めている。この一連の作業や遺構に対する解釈については、解体工事を担当する技能者(石工)と意見交換をしながら進めている。

解体した石材については1石ごと三次元レーザー計測を実施しており、これを基礎データとして、個別石材の加工技術や保存状態などを現地で観察し、カルテを作成していく予定としている。

丸の内園地石垣保全に伴う確認調査

<- 令和3年度の成果

 

お問い合わせ

所属課:教育委員会金沢城調査研究所 

石川県金沢市尾山町10-5

電話番号:076-223-9696

ファクス番号:076-223-9697

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