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ホーム > 観光・文化・スポーツ > 文化・芸術 > 文化財 > 石川の文化財 > 建造物(国指定) > 喜多家住宅(野々市市)・喜多家住宅(宝達志水町)

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更新日:2020年1月24日

喜多家住宅(野々市市)・喜多家住宅(宝達志水町)

喜多家住宅  主屋・道具蔵・作業場・酒蔵・前蔵・貯蔵庫(6棟) 附 麹室・精米所及び米置場(2棟)

 主屋:江戸時代後期
 道具蔵、作業場、貯蔵庫:明治24年頃

 酒蔵:明治3年
 前蔵:19世紀前半
 麹室、精米所及び米置場:昭和26年頃

 野々市市本町3丁目22番地ほか

 

喜多家住宅(野々市)主屋  喜多家住宅(野々市)

 重要文化財  昭和46年12月28日指定  令和元年12月27日追加指定

 喜多家はもと越前の武士であり、江戸時代中期頃、野々市に移ったとされ、幕末から酒造業を始めた。明治24年(1891)の野々市の大火により、主要な建物を失ったため、金沢市内の商家を購入して、主屋として移築し、併せて酒造業の一連の施設を整備した。昭和50年頃まで営業していた。主屋は、様式からみて、文化文政期(1804~30)に建てられた金沢町家の典型的な建物であり、大型町家の貴重な遺例である。酒造施設は、主屋北側に接続し、作業場を中心に、その東側に前蔵と酒蔵、西側に貯蔵庫を配する。作業場は、洗米や蒸米、瓶詰作業を行った建物で、中庭からの採光や水路を利用した洗い場など、敷地条件を活かした造りとなっている。酒蔵は、明治3年(1870)建設で喜多家最大の蔵であり、間口の大きな入口、櫂入作業の足場など酒蔵としての特徴を残している。前蔵は、江戸時代後期に建設された土蔵であり、酒造業では仕込み蔵として利用された。貯蔵庫は、腰壁に七宝繋文の模様が施されており、主屋座敷から見た中庭の背景と調和を生み出している。これらの酒造施設は、明治期の地方の小規模酒造業の原型をよく残しており、価値が高い。

 

喜多家住宅  主屋・表門・道具倉(3棟)  味噌倉(1棟)

  江戸時代後期
  宝達志水町  羽咋郡宝達志水町字北川尻
喜多家住宅主屋・表門・道具倉・味噌倉

重要文化財  昭和46年12月28日指定  昭和58年6月2日追加指定


北川尻村喜多家は、喜多郡に住した新田氏の子孫が、能登守護畠山氏に仕え、寛永15年(1638)に北川尻に百姓として移住したと伝えられる。近世末期の享和元年(1801)に引越十村として河北郡倉見村(現在の津幡町倉見)に転ずるが、分家は北川尻に留まり、文政2年(1819)から十村役を勤めた。この住宅は、嘉永5年(1852)には藩主巡検のおりに、本陣に使用されている。
主屋は、享和3年(1803)の再建と伝えるが、おそらくは文化・文政年間(1804~1830)に建てられたものと見てよく、十村役の住居であるため、私用の部分と公用部分が一つの建物の中に混在しており、正面だけでも式台・小式台・玄関・内玄関と四つの入口がある。主屋は、切妻造り、妻入りで、平入りの多い能登の十村役の住宅にあっては珍しい。広大な屋敷を構え、東面する主屋の東に表門、その南に米倉、主屋の西に道具倉・味噌倉を配している。
昭和60年「石川県の文化財」より

 

お問い合わせ

所属課:教育委員会文化財課 

石川県金沢市鞍月1丁目1番地

電話番号:076-225-1841

ファクス番号:076-225-1843

Email:bunkazai@pref.ishikawa.lg.jp

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