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ホーム > 観光・文化・スポーツ > 文化・芸術 > 文化財 > 石川の文化財 > 建造物(国指定) > 座主家住宅・旧松下家住宅・旧鯖波本陣石倉家住宅

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更新日:2019年4月12日

座主家住宅・旧松下家住宅・旧鯖波本陣石倉家住宅

 座主家住宅(1棟)

江戸時代中期
個人  七尾市中島町

座主家住宅

 

重要文化財  昭和46年12月28日指定

座主家は、もと藤津比古神社を鎮守とする妙光寺の座主房を称し、近世には肝煎を勤めた。
建築年代の確証はないが、構成・様式などから見て、18世紀前半と考えられる。

主屋は桁行7間半、梁行4間の規模で、入母屋造り、平入り、茅葺、小屋は扠首組になっている。
間取りは、上手にオクノデエ.デエを設け、土間寄りの表側にオエ、裏側にナンド・カッテ・イナバと並び、カッテとイナバは、土間に張り出して比較的土間が狭くなっている。柱は1間(1.8メートル)ごとに立ち、オクノデエ・ナンド境の1間を壁にしたり、納戸構えがあったり、かなり閉鎖的な間取りであり、またオエに長押を打ったりして、古風な手法を残している。口能登型平面をもつ民家では古い遺例で、貴重である。
昭和60年「石川県の文化財」より

 

 旧松下家住宅(1棟)

江戸時代末期
金沢市  金沢市湯涌町ヘ-19

旧松下家住宅

重要文化財  昭和46年12月28日指定

この住宅は、もと金沢市泉新町にあって、上口町端の旧北国街道に面し、近郷の農民相手の種物商を営んでいたが、昭和41年(1966)に江戸村に移築された
木造2階建、切妻造り、平入りで、屋根は木羽葺の石置き屋根であるが、外観は一見、平屋根に見える。桁行4間、梁行8間半。通り庭形式の小型の町家である
通り庭に沿って、店の間・帳場・居間・座敷の四室が一列に並び、帳場の後に納戸が設けてある。帳場と土間側1間と土間の上は吹き抜けにして十字型に梁を組んで小屋裏をあらわし、帳場の半分と納戸と居間には根太天井を張って隠し2階がとってある。
通り庭をはさんで帳場の反対側に調理場があるが、配膳床も広々ととってある
石置き屋根平入りから、庇のさがり、通り庭、浜床、上げ戸(これをあげるとミセ部分が街路に向かって全面解放になる)、大戸、座敷の出書院、土縁など、金沢の町屋の特徴をすべて備えており、小型町家の当初の形をよく残している建物である。
昭和60年「石川県の文化財」より

 

 旧鯖波本陣石倉家住宅  主家・土蔵・馬屋・表門(4棟)

  江戸時代後期
  金沢市  金沢市湯涌町ヘ-19

旧鯖波本陣石倉家住宅

重要文化財  昭和46年12月28日指定

石倉家は、かつての北国街道の越前鯖波宿の本陣であり、幕府巡検視や参勤大名の宿泊に使用され、江戸時代末期には人馬継立問屋も営んでいたという。昭和41年(1966)に、福井県南条郡鯖波から江戸村に移築された。切妻造り、妻入り、桟瓦葺、間口6間、奥行6間半に下屋を巡らしたもので、玄関部分は、庇の下を吹き放しにしている。大屋根は、強い勾配で反りを付け、大きな鬼瓦をのせ、虹梁と海老虹梁で妻を構成し、白壁で引き締めており、一見、寺院の庫裏を見るようで、旧街道筋では一きわ目立った威観であった。間取りは、正面中央にニワがあり、両脇が帳場、台所となる。ニワの奥が板の間で、炉を切り、上部は吹き抜けとし、梁をあらわしている。その奥に10畳・8畳の3室が配され、左側の小部屋は人足溜場などとなっていた。

本陣座敷は別棟にして、主屋の右側に設けられ、別に玄関を構えて表門より出入りし、主屋との間に茶室を設けており、主屋のほかに馬屋と土蔵がある。建設年代は不明だが、土蔵が文化4年(1807)に移築されているので、ほぼこの時期と考えられる。
北陸道の本陣として保存の良い数少ない建物の一つである。
昭和60年「石川県の文化財」より

 

お問い合わせ

所属課:教育委員会文化財課 

石川県金沢市鞍月1丁目1番地

電話番号:076-225-1841

ファクス番号:076-225-1843

Email:bunkazai@pref.ishikawa.lg.jp

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