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ホーム > 観光・文化・スポーツ > 文化・芸術 > 文化財 > 石川の文化財 > 書跡・典籍(国指定) > 紙本墨書後深草天皇宸翰御消息  九月十八日(花押)・正親町天皇宸翰御詠草 永禄四年八月十五夜 三条西公条点

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更新日:2014年5月23日

紙本墨書後深草天皇宸翰御消息  九月十八日(花押)・正親町天皇宸翰御詠草 永禄四年八月十五夜 三条西公条点

 紙本墨書  後深草天皇宸翰御消息  九月十八日(花押)(1幅)

鎌倉時代
個人 金沢市
(石川県立美術館保管 金沢市出羽町2-1)
縦  28.5センチ  横  97.0センチ

後深草天皇宸翰御消息  九月十八日(花押)

重要文化財  昭和25年8月29日指定

薬師法の法会遂行についての後深草天皇の消息。17日逆修始め、22日結願であることから、『華頂要略』にみえる正元元年(1259)9月17日の御所での法会のことと思われる。17日に為衡法師が参上して法会が開始されるが、事情により参詣できないことや、22日の結願法会の準備などについて、担当者などに慰労の言葉を述べている消息である。天皇時に17歳。9月18日の日付けの下に、花押が据えられている。
後深草天皇(1243~1304)は、後嵯峨天皇の皇子。寛元4年(1246)、4歳で即位。本消息をしたためた正元元年(1259)の11月に亀山天皇に譲位。のちに皇子伏見天皇の在位中、院制を執る。その皇統を「持明院統」と称す。『玉葉和歌集』に1首入集、『御記』に琵琶の秘曲の伝授を受けたこと、『秦箏相承血脈』にみえるなど音楽家の一面が強い。弁内侍や後深草院二条などの著名な女房が仕え、『とはずがたり』『増鏡』『弁内侍日記』に事跡が詳しい。力強い筆致は、歴代天皇のなかでも抜群の名筆である。
昭和60年「石川県の文化財」より  

 

正親町天皇宸翰御詠草 永禄四年八月十五夜 三条西公条点(1幅)

永禄4年(1561)
菅生石部神社  加賀市大聖寺敷地町
(石川県立美術館保管  金沢市出羽町2-1)
縦  26.1センチ  横  43.3センチ

正親町天皇宸翰御詠草  永禄四年八月十五夜  三条西公条点

重要文化財  昭和25年8月29日指定

永禄4年(1561)8月十五夜の歌会で、「閑見月」という題で詠んだ正親町天皇の宸筆の御詠草である。1首は「夜とともにむかふかうちは空の月しつかにすめるかきりをそ見る」。「称名院合点」とあるのは、天皇が和歌を学んだ称名院三条西公条に、添削せしめたことを意味する。公条は、翌々年77歳の生涯を閉じる。
正親町天皇(1517~1593)は、後奈良天皇第1皇子、弘治3年(1557)践そ、29年間在位し、その間、信長・秀吉の援助を受けて皇室は次第に安定していくことになる。祖父をはじめ、三条西公条・実枝父子から和歌・漢学等の古典を学び、王朝文化の伝統を守ることに努めた。戦国期にあっても盛んに歌会を催し、中でも「天正内裏歌合」(1579)は特に記すべきもの。自身も「正親町院後百首」「三十首和歌」等の定数歌を遺している。書流の系譜は、後柏原院流に属すとされ、後柏原天皇に似て、流麗な筆致である
昭和60年「石川県の文化財」より

お問い合わせ

所属課:教育委員会文化財課 

石川県金沢市鞍月1丁目1番地

電話番号:076-225-1841

ファクス番号:076-225-1843

Email:bunkazai@pref.ishikawa.lg.jp

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