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更新日:2020年5月27日

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賦何船連歌・賦何人連歌

賦何船連歌  1巻(8紙)

文明15年(1483)  
石川県七尾美術館  七尾市小丸山台1-1
巻子仕立て  縦17.1センチ  横426.6センチ  

賦何船連歌

県指定文化財  平成12年3月14日指定
  

何船連歌は、能登守護畠山氏3代義統が、文明15年(1483)11月2日、鹿島郡八田郷府中の地で張行した連歌百韻にかかる連歌懐紙である。連衆は15名で、義統のほか、加治直盛、井上統英、三宅忠俊、寺岡経春等の畠山被官、及び、祐厳、立承、玄阿等の京下り文人の名前が見える。義統の「松風は雲におさまるあした哉」の発句は、能登の冬景色を詠んだものとされる。形態は、巻子仕立てとなっているが、原型は、内曇の料紙4枚を折紙にして用いており、料紙、書ともに優れている。畠山氏の連歌懐紙は、大永3年(1523)「賦何路連歌」(明治大学所蔵)、大永5年(1525)「賦何人連歌」(個人蔵)とあわせて3作品の現存が確認されているが、本書は、そのうちの最古の作品である。本書は、江戸末期に栄えた七尾の回船問屋越中屋に伝来し、その子孫から七尾市に寄贈されたものである。「賦何船連歌」は、風雅を極めた室町期の「畠山文芸」の高揚を伝える貴重な典籍である。

 

賦何人連歌  1巻(8紙)

大永5年(1525)  
個人  金沢市
巻子仕立て  縦17.3センチ  横430.6センチ
  

賦何人連歌

県指定文化財  平成12年3月14日指定

何人連歌は、能登守護畠山氏7代義総が、大永5年(1525)7月28日、七尾城内で張行した連歌百韻にかかる連歌懐紙である。連衆は11名で、義総のほか、遊佐秀倫、飯川半陰斎宗春等の畠山被官、及び、連歌師小幡永閑等の京下り文人の名前が見える。能登永閑といわれた小幡永閑が、「くるるまのけふや久堅の天津星」の発句を詠み、義総がこれに続く。特に注目すべきは、義総が14句と多くを詠み、歌句も優れていることで、文武兼備の武将として知られた義総の文芸への関心の高さを示している。形態は、巻子仕立てとなっているが、原型は、内曇の料紙4枚を折紙にして用いている。畠山氏の連歌懐紙は、文明15年(1483)「賦何船連歌」(七尾市所蔵)、大永3年(1523)「賦何路連歌」(明治大学所蔵)とあわせて3作品の現存が確認されているが、本書は、県内に現存する2点の内の1つである。「賦何人連歌」は、風雅を極めた室町期の「畠山文芸」の高揚を伝える貴重な典籍である。

  

お問い合わせ

所属課:教育委員会文化財課 

石川県金沢市鞍月1丁目1番地

電話番号:076-225-1841

ファクス番号:076-225-1843

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