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更新日:2017年3月6日

チカモリ遺跡・真脇遺跡・吉崎・次場遺跡

チカモリ遺跡

縄文時代後期から晩期
金沢市新保本5-47(金沢市管理)
指定面積  4456.17平方メートル

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国指定史跡  昭和62年2月23日指定

金沢市新保本町は、旧の石川郡押野村字八日市新保であり、「チカモリ」は町並北側の小字名である。遺跡は手取扇状地の扇端にあたる7.5メートル等高線の東辺の一角を占め、昭和29年(1952)の発見・発掘以来、縄文時代の後期中頃から晩期の終わり頃まで続いた大集落跡として、また、晩期前葉の「八日市新保式土器」標式遺跡として知られている。
土地区画整理事業に先だって行われた昭和55年(1980)の調査で、集落内を蛇行しながら流れる大溝とその付近から、多数の木柱が検出された。木柱をともなう遺溝に、径80センチ前後の半割りしたクリ材を、切断面を外側に向けて並べた、直径7メートルばかりの円形巨大木柱列遺溝が発見され、普通の巨大家屋跡とも異なることから、その用途・機能をめぐって、さまざまな論議がなされ、注目されている。
遺跡の中心部は史跡公園に整備され、収蔵展示庫も近く建設される。
昭和60年「石川県の文化財」より

 

真脇遺跡

鳳珠郡能登町字真脇(能登町管理)

指定面積  37,599.94平方メートル

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国指定史跡  平成元年1月9日指定

真脇遺跡は、能登半島の富山湾に面した入江の沖積低地に立地する縄文前期初頭から晩期末までの約4,000年間にわたって営まれた縄文時代では唯一ともいうべき長期定住集落遺跡で、約38,000平方メートルの規模をもつ。
昭和57年から4ケ年度にわたって実施された発掘調査で、各時期ごとに整然と堆積した生活層・遺物包含層より多数の違溝とともに膨大な遺物が出土した。特に前期後葉から中期前葉にわたる包含層より出土した多量のイルカの骨などの動物遺体や彫刻柱・編物・縄類などの植物遺物の豊富さは、全国でも比類のないものであり、後期の土製仮面、晩期の巨大木柱根などとともにこの遺跡の得がたい重要性を特徴づけるものである。また、出土土器は、北陸の土器形式をすべて網羅するのみならず、多数の他地域の土器をも含み、縄文土器研究に大きな成果をもたらした。
このように、真脇遺跡は、質・量ともに極めて優れた遺溝・遺物を良好に遺存する長期定住集落遺跡であり、縄文文化を研究する上で欠くことができない貴重な遺跡である

 

吉崎・次場遺跡

弥生時代中期から後期
羽咋市吉崎町ウ・鶴多町五反畑(羽咋市管理)
指定面積  1万59.72平方メートル

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国指定史跡  昭和58年12月15日指定

羽咋川河畔の微高地上に形成された弥生時代の集落跡。約20ヘクタールにも達する広大な遺跡で弥生中期初頭(最下層)、中期中葉(下層)、後期後半(上層)からなり、集落が最大規模となるのは上層の段階である。なお、一部には平安時代集落も複合している。
数次にわたる発掘調査で、大小の溝状遺構や土壙墓群・配石遺構・井戸跡と倉庫とみられる小規模な掘立柱建物跡が検出されている。しかし、現時点では竪穴式住居跡とすべき確実な遺構は発見されていない。
各期の多量の出土土器は、北陸の弥生土器編年上、きわめて重要な内容をもっている。木器には鉄斧着装用の柄や鍬・エブリ・庖丁形木製品などの農具があり、石器には石斧やアメリカ型を含む石鏃、環石、有樋式磨製石剣(断片)、未成品を含む玉類などがあった。とくに注目されるのはほう製小型内行花文鏡1面と懸垂用とみられる四ち鏡片の出土であろう。
昭和60年「石川県の文化財」より

 

お問い合わせ

所属課:教育委員会文化財課 

石川県金沢市鞍月1丁目1番地

電話番号:076-225-1841

ファクス番号:076-225-1843

Email:bunkazai@pref.ishikawa.lg.jp

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