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更新日:2014年5月23日

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長家文書・篠島家文書

長家文書 (3397点)

鎌倉~大正時代
個人
(穴水町歴史民俗資料館保管  鳳珠郡穴水町川島)

 

長家文書

県指定文化財  昭和57年4月6日指定
  

賀藩家臣団の最上層に位置した「年寄」八家のうちの長家に伝来した文書で、内容の時代別構成は、中世文書80点、近世文書1871点、近代文書・記録1351点、書籍40点、絵図64点、書画49点からなるが、うち長昭連氏が管理する58点は、指定の対象外となっている。長家は、鎌倉御家人で能登国大屋庄の地頭であった長谷部信連の系譜を引き、戦国末期の長連竜は、織田信長や前田利家に属し、家門再興の基礎を固めた。その子孫は、藩政期において禄高3万3千石を有し、年寄・人持組頭の重職を勤めた。従って、戦国期の文書のうちに、織田信長印判状14通や前田利家・利長の血判起請文各1通が含まれているのは、国人領主が近世大名の支配下に組み込まれていく過程を示すものとして注目される。また、江戸期の文書には、加賀藩政史研究の基本史料となるものが多く、長家々臣の「先祖由緒一類附帳」454冊及び寛文年間(1661~73)の浦野事件関係史料348点など、特筆すべき内容のものも少なくない。
昭和60年「石川の文化財」より

篠島家文書 (651点)

江戸時代  
個人  金沢市
(石川県立歴史博物館保管  金沢市出羽町3-1)

 

 篠島家文書
県指定文化財  昭和57年4月6日指定

家文書は、加賀藩人持組2千5百石(与力知5百石)の篠島家に伝来したものである。当家の祖織部清了は、もと越前朝倉家臣であったが、朝倉滅亡ののち前田利家に仕え、以後、13代主馬清緝の時に明治維新をむかえるまで、加賀藩士であった。当文書群は、16世紀末から17世紀後半までの今石動在住時代のものと、金沢城下に移住したそれ以降のものの2系統に分けられるが、今石動時代の文書群が、内容的にはとくに貴重である。今石動時代の文書は、今石動・氷見・城端の町裁許文書を1つの柱としており、さらに礪波・射水の両郡支配の郡奉行を兼務していた時の、蔵米・小物成算用状などを発給していた収納侍代官業務文書が、もう一方の柱となっている。当家文書の価値は、この2つの柱によって、加賀藩初期の在地支配の仕組みや内容を、初期藩制成立過程における政治・経済の動向の一環として鳥瞰できることにあり、貴重な武家文書と位置づけ得る。
昭和60年「石川の文化財」より

 

お問い合わせ

所属課:教育委員会文化財課 

石川県金沢市鞍月1丁目1番地

電話番号:076-225-1841

ファクス番号:076-225-1843

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