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更新日:2010年4月21日

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紙本著色南蛮渡来図六曲屏風・紙本砂子地淡彩群猿図六曲屏風  円山応挙筆

紙本著色南蛮渡来図六曲屏風  (1双)

江戸時代  
本泉寺  金沢市二俣町子-8
縦  154.7センチ  左右  344.0センチ

紙本著色南蛮渡来図六曲屏風
県指定文化財  昭和35年5月27日指定

世末期から近世初期にかけて、西欧諸国との交通が開け、日本の港へ巨大な帆船が入港し、異国的な諸風俗がみられるようになったが、その様子を描いたものが南蛮屏風である。「南蛮」からきたというポルトガル人・スペイン人の商人や宣教師たち、船から珍奇な文物を荷揚げしている日本の港町の様子は、当時の人々の耳目を驚かす風景であったと思われる。屏風1双のうち、左隻は、巨大な南蛮船が停泊し、船上には遠い異国から運ばれてきた珍奇な財貨の積み卸しを待つ情景が描かれ、なかには船の舷に張り出した棚に寝そべる南蛮人もおり、小舟で荷を運ぶ陸上げ風景が添えられている。 右隻は、上陸した南蛮人、その中にはカピタン・モールの1行もみられ、雲形の間から見えるキリスト教会へと行列が続いている。特に画面右下に描かれた日本人婦女の群像は初期風俗の典型的な様式であり、江戸初期の作と推定される。金箔地に群青という奇抜な色調の南蛮屏風は多いが、この屏風は、切箔を散らし、全体に淡白な色調で、線描も柔らかく、土佐派の画人の作と思われる。
昭和60年「石川の文化財」より

紙本砂子地淡彩群猿図六曲屏風  円山応挙筆  (1双)

江戸時代中期  
石川県立美術館  金沢市出羽町2-1
左右  350.0センチ  縦  155.0センチ

紙本砂子地淡彩群猿図六曲屏風  円山応挙筆 
県指定文化財  昭和43年2月26日指定

山応挙(1733~1795)は、はじめ狩野派に学ぶが、次第にその形式主義にあきたらず、写生を基本とした写実的作風に傾いていった。当時西欧より舶載された銅板画の手法に刺激され、また中国宋元の院体画における精緻な描写や沈南蘋の写実に影響をうけ、それに日本画の装飾的な表現法を加えて、円山・四条派の祖となった。
の作品は、応挙独特の写生の技法を用いて、猿の動きを柔らかな毛書きによって的確にとらえており、樹木や岩、土坡の皴法などに、応挙一流の軽やかな練達した筆さばきを見ることができる。 ことに藤の1種爽快ともいえる運筆は、応挙の得意な表現法を用いており、安永5年(1776)の款記がある重要文化財「紙本金地著色藤花図屏風」とよく似た雰囲気がある。ほどよく蒔かれた金砂子も一層画面を引き立てており、応挙40歳頃の作品と推定される。
昭和60年「石川の文化財」より

お問い合わせ

所属課:教育委員会文化財課 

石川県金沢市鞍月1丁目1番地

電話番号:076-225-1841

ファクス番号:076-225-1843

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